| はじめまして。ファイン・メンタルカラー研究所代表の藤本梨恵子です。
数あるサイトの中から、このホームページに訪れていただいてありがとうございます。
今日は、私とアートとの出会いや歩みについてお話させてください。
■アートとアニマルな毎日―私の子供の時代
私は、一人っ子で、幼い頃から両親は共働きだったので、夜遅くまで一人でお留守番なんてことはざらでした。
幼い頃、両親が共働きで一人っ子だった私は、
一人で留守番することが多く、その時間は私にとって心細いものでした。
そんな、私が熱中したのは、塗り絵でした。
幼い頃、塗り絵や、お絵描き帳に落書きのような絵をかくことで、一人で留守番する心細さ、寂しさを紛らわせていたのかもしれません。
思えば、これが、はじめてのアートで癒される、アートセラピーを体験した瞬間なのかもしれません。
ファインのパステル和アートに癒し効果を入れているのも、こんな経験があるからかもしれません。
そして、もう一つ私を癒したものは、動物との時間。
当時は犬と過ごしていました。
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ビッケと私
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最初に暮らし始めた犬はプードルで当時大好きだったアニメの“ビッケとバイキング”?の主人公から「ビッケ」と名付けて一緒に過ごしていました。
動物って触ると温かくて、安心しますよね?
一人で寝る時も、「ビッケ」のぬくもりを感じなら、寝ると安心して眠れたものです。
そんなビッケが交通事故で亡くなったとき、幼かった私は、悲しくて、悲しくて、何日も大泣きして過ごしました。
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ミミちゃん
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そして、見かねた両親がしばらくして、新しい犬を我が家に迎え入れたのです。
それが、ヨークシャテリアのミミちゃんです。
ミミちゃんはビッケと違って、ミミちゃんがおばあちゃんになるまで共に過ごすことができました。
だから、私のその後のアートには、沢山の動物達の絵が登場します。
大の動物好きになったのです。小学生の頃の夢は「ムツゴロウ王国に就職すること」でした。(笑)
■アートとの別れと再会
そして、小学校では、休み時間にマンガを描いていたりして、とにかく沢山の絵をかいていました。それは、友達で絵が苦手な子の美術の宿題までやってあげるほどでした。
そして、中学に上がる前には、将来は「漫画家になろう!」と思っていました。
でも、中学で、バレーボール部に入ると、高校までスポーツにあけくれ、絵からだんだん遠ざかる生活になりました。
そして、学生時代は、なぜか、「芸人になろう!」と思い、友達とコンビを組む等し、またまた、絵やアートとは無縁の生活を送っていました。しかし、短大を卒業する頃に、
「私は、本当に何が好きなのか?何を職業にすればいいのか?」
と悩みだしました。
そして、いろいろ自分が好きなもの、打ち込めるものを再び、見つめ直したとき、でてきたのが
「アート=絵が好きだ」
ということでした。
そして、絵がかける職業=デザイナーだと思いつき、デザイナーを目指します。
しかし、美術系の大学を専攻したわけではないので、デザイン系の仕事につけるわけもなく、ひとまず、販売の仕事につきました。でも、アートへの想いは断ちがたく、昼間は販売の仕事しながら、夜、デザインの学校へ行く生活を3年程つづけました。
そして、書きためた絵をもって、デザイナーへの就職活動開始。しかし、手書きから、コンピューターデザインへの以降時代、手書きの作品をもってまわる私は、くる日も、くる日も不採用が続きました。
■デザイナーの理想と現実
そして、沢山の会社に面接に行き、なんとかある広告代理店に、アルバイトで雇ってもらえることになりました。
まずはデザインではなく、データの文字打ちや雑用からスタート。
会社には、デザイン学校や美術学校を卒業し、専門的に勉強してきた人たち、まさにサラブレッドがたくさんいるのです。
その中で、きちんとした学校もでていない私は、ロバ同然。
『自分には本当に才能あるのかな?』
といろんな不安がよぎる中、なんとか追いつこうと、バイトが終わると、深夜までやっているヴィレッジヴァンガードという本屋さんで、カッコイイデザイン書を立ち読みしていました。
(デザイン書はオールカラーだから、なかなかバイトの安月給では買う事ができなかったのです)
そんな試行錯誤をしながらも、なんとか私はデザイナーの道を歩き出しました。
そして月日が流れ、自分が責任ある立場になるとともに、社会も大きく変化をはじめました。
パソコンの普及とともに、年賀状ぐらいはカンタンに自宅でできてしまう時代が到来したのです。
デザイン・印刷業界の仕事は減り、単価が下がりました。
それを補うために仕事量を増やし、納期の短縮をするようになりました。
当然、デザイナーの残業は増え、休日返上の日々が続きます。
マシンのように量産を繰り返す日々。
終電に揺られて、自分の時間がまったく持てない毎日の中で、絵を楽しむ心をすっかり忘れていました。
「このままでは、いけない…。もっとイキイキとした人生を生きたい!」
■再び、アートを楽しむ。自分のために絵を描いてみたいと思った。
「もっとイキイキとした人生を生きたい!私がワクワクするものって何だろう?」そう考えたとき、昔、進路を迷った時と同じように、私の“好き”の原点は「絵=アート」なのです。
そして、友達と3人でグループ展を開催することにしました。
終電で家に帰ってからの、作品制作は、ちょっと大変でしたが、やっぱりアートに触れていると楽しいんですよね。
今まで趣味でやっていた針金アートや立体的なアート、そしてmacを使用したデザイン的な作品まで、いろいろなことに挑戦しました。
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針金アートの飛行機 |
卵の殻で作ったロウソクも! |
そして、この作品の至る所に使われている写真は、友人の“次郎”が撮影した写真を使って、加工させてもらったものです。
次郎の写真は、なんか素朴で、でも雰囲気があって、彼のお人柄そのまま出ているような良い写真で、私は今でも、いろんな写真家がいるけど、彼の写真が一番好きです。
「俺は、落ちてるものしか、撮らないけどな。」
そんなことをいつも言っていた次郎。
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夢の途中にいる人を夢中な人て言うんだよ。 |
ちなみに、この作品展の写真はすべて次郎が撮影してくれています。
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針金とアートの融合作品 |
そして、友達2人と、そして次郎の協力のもと、好評のうちに作品展は終了しました。
■友人との悲しい別れが人生のターニングポイントに
そして、この作品展から、一年も経たないうちに、次郎が病に倒れ、28歳の若さでこの世を去りました。
これが、私と次郎の最初で最後の展覧会となったのでした。
「俺と藤本の2人の共同作品だ。」
そういって、病院のベットでも、この写真をみていたと次郎のご家族からあとから聴きました。
上の針金とアートの融合作品を一枚、次郎の棺にいれて、お別れをいうことになるなんて、この頃は、夢にも思っていませんでした。
人の命には限りが有る。そんな当たり前の事を、目の当たりした別れでした。
次郎が亡くなったとき、次郎の奥さんは妊娠中で次郎は生まれてくる子供の顔を見る事なく、天国へと旅立ちました。次郎が結婚して、半年後の出来事でした。
奥さんとも友達だった私は、あまりにも悲しみの深い彼女をみて、かける言葉もなく、そして励ます事も、何もできない自分の無力さを痛感しました。
そして、本当に、人の悲しみの深い時、どうすればいいのか、そんな答えを求めて、カウンセリングの勉強をはじめたのです
次郎の死がきっかけで、カウンセリング、コーチングやNLPなど様々な心理学を私は学び始めました。そして、いまではそちらも仕事にしています。
だから、次郎の死は、私の人生の大きなターニングポイントになりました。
■再び、運命のアニマル“アカ”との出会い
そして、次郎が愛していた猫“アカ”との出会いです。次郎が亡くなって、奥さんは妊娠中。お腹の子供に、猫の毛がよくないと聞いて、次郎を亡くして、子供にも何かあってはいけないと心配した彼女は、泣く泣く、次郎が飼っていた猫を手放すことを決意、貰い手を探していました。
私も、協力して貰い手をさがしたのですが、現れず。ペットショップに引き取ってもらう話まで持ち上がりました。
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アカ |
でも、次郎の愛した猫、次郎の形見を次郎がいなくなったからといって、猫の居場所までなくしてしまうのはあまりにかわいそうで、私は当時ペット禁止のマンションに住んでいたのですが、内緒で飼う事にしました。
これが、現在ファイン・メンタルカラー研究所の校長先生となるアカ君との出会いでした。
あれから、10年。次郎と過ごした日々より、アカと私が一緒にいる年月の方が長くなりました。
そして、もはや私に会えば、友人が「アカ君元気?」と必ず聞く程、私がアカを溺愛しているのは周知の事実です。(笑)
やはり、私の人生にはアートとアニマルは欠かせないのだと思います。
そして、どんなに、運命が変わっても、やっぱり私はアートを手放すことができないのかもしれません。 そして、今、私はアカとともに、アートの楽しさを多くの人にお伝えしております。
■アートの世界には、制限も常識も必要なく、真の自由があります。
猫も自由な動物だといわれますが、アートも自由の象徴だと私は思います。
その自由な世界を、今も昔も私は愛している。
仕事や日常生活の中で、私たちはいろいろな制限に縛られています。
自由な発言も、伸びやかに振る舞う事もままなりません。
ルールがあれば守り、いつも正解を出すよう迫られます。
でも、アートの世界には、それがありません。
■木が空から生えていても、面白い!
どこまでも、自由なのです。だから、癒されます。
そして、アートの中で鍛えられた自由で伸びやかな感性は、
日常生活やビジネスの場面でも役に立ちます。
そして、パステル和アートは、絵を美しく上手に描く事を目的としていません。
自由にのびのびと、心のままに楽しんで描く事を1番の目的にしています。
本来アートとは、誰かに評価判断されたり、比べるものではありません。
その姿勢を、パステル和アートは貫き、大切にしています。
そんな自由なアートの世界を、手軽に体験できるパステル和アートを一緒に学んでみませんか?
ファイン・メンタルカラー研究所代表 藤本梨恵子
Riekoこと藤本梨恵子のブログはこちらから
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